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襷新聞 第19号 第八十六回箱根駅伝特集号
襷新聞 第19号からの転載記事です。

シード権獲得ならず! 19位に終わる‼

2010年1月2日・3日、第86回東京箱根間往復大学駅伝競走が行われた。
法政大学としては、十月に行われた予選会を辛くも通過し、二年ぶりの本選出場である。

大会直前に故障者が出るなどして当初から厳しいレースを強いられることが予想されたが、チームとしてシード権を獲得することを最大の目標として選手たちは力走した。

 初日往路の1区
序盤で流れを作りたい法政は、この重要な区間に清谷匠(経済3年)を起用した。

昨年に比べてスタートからハイペースのレースとなったが、清谷はそれに臆することなく集団についてレースを進めていった。
中盤から終盤にかけて先頭との差は徐々に広がっていったが、粘りの走りを見せ10位で二2へと襷を繋ぎよい流れを作った。

 2区は近藤洋平(社会2年)

各校のエースが集うこの区間、大会一ケ月前に一週間ほど故障し、不安の残る近藤にとっては厳しいレースが予想された。
結果だけみれば区間18位、チーム17位での襷渡しとなったが、あの厳しい区間をよく走ってくれたと思う。

 3区は塩月良輝(経済3年)

この区間も、近年は各校ともエース級ランナーを配しスピードレースが展開されてきたが、今回も同様となった。
その中でも塩月は他に惑わされず自分の走りをし、17位から一つ順位をあげ、16位で4区へと襷をつないだ。

 全区間中最も距離が短くスピードランナーが集まる4区を走ったのは、今回のメンバー中ただ一人自宅通いで、市ヶ谷のキャンパスに通う山本洋輔(法学3年)

予選会で味わった悔しい思いを胸に意地の走りを見せ、区間15位、チーム18位で次へとつないだ。

 全区間の中で最長となる5区の山登りには急きょ末山貴文(現代福祉2年)が起用された。
昨年まで4年連続山登りをした姜山が抜けた穴は大きく、その穴を十分埋めることはできなかったが、区間14位としぶとい走りをみせ、18位のまま往路のフィニッシュをした。

往路の結果から、1位の東洋大学と10分以上差のついた東海大学、日本大学、上武大学、帝京大学、中央学院大学、専修大学、法政大学、亜細亜大学、大東文化大学の九校は、翌日往路のスタートは八時十分の一斉スタートとなる。

 二日目復路のスタート6区を任されたのは、二年前にも同じ区間を走った上田剛史(社会四年)

山下りのこの区間は、下り終えて平坦になってからの残り3キロがポイントとなる。
二年前の経験と一斉スタートになったことを活かし、区間6位の快走を見せた。
チーム順位は一つ上がって17位で七区へと渡った。

 7区は神山祐太(経済3年)

比較的アップダウンも少なく走りやすいコースだが、区間の中で最も気温差が激しく油断はできない。
神山は本選を走ったメンバーの中で唯一予選会を走っておらず、11月に行われた合宿から調子を上げてきた。
結果は18位と順位を一つ落とすも、試合自体も久しぶりという中で積極的な走りを見せた。

 8区を走ったのは一年時にこの区間を走った経験のある稲垣雄太(経済三年)

ここも途中までは平坦であるが、ラスト5キロからの上り坂でタイムが大きく変わってくる難しい区間である。
稲垣も直前まで足を痛めており、思うような走りはできなかったかもしれないが、区間16位、チーム18位でタスキをつないだ。

 9区を走ったのはチームのキャプテンである福島成博(経済4年)

起伏の多い長距離区間で、復路のエースが集う。
今回はこの一年間チームを引っ張ってきた福島が最後の箱根路で9区を任された。
福島は箱根前から練習を継続出来ており、調子は良かったものと思う。
しかしながら、本番では苦しい走りとなった。
本人でも体験したことのないレースだったという。
途中から体が痺れ、ラスト五キロは攣りそうな足を必死に動かしていた。
襷をつなぐという想い一心で走った。
区間順位こそ最下位であったが、前回の出場とは違い今回は10区に襷が繋げることに成功した。

 10区アンカーを任されたのは奥田宗弘(経済4年)

距離も長く、最終区間という重圧から思わぬアクシデントも起きやすい。
日々練習を坦々とこなしてきた奥田にとっては、一人旅になりやすいこのコースは走りやすかったかもしれない。
チームは18位のままフィニッシュとなったが、区間10位の好走で予選会の借りも返し有終の美を飾れたのではないだろうか。

 二年ぶりの箱根駅伝。
予選会最下位からの出場となり、最高目標はシード権の獲得であったが結果は往路18位、復路18位、総合19位。
誰が見ても情けない順位であることは間違いなく、フィニッシュ地点の大手町でアンカーに帰りを待つ際に、他大学の選手や観客からもそういう風に見られているのではないかと恥ずかしいという思いもあった。
ただ、成田監督の言葉を借りるならば、今回の箱根駅伝で自分たちに力がないことも確認でき、また、その中である程度「駅伝」というものをすることができた。
来年の箱根駅伝へとつながる駅伝になったのだ。

 今年もまた予選会からのスタートとなり昨年よりも厳しい道のりになるが、これから一年間さらなる努力を積み、来年の箱根駅伝では必ずシード権を獲得することを誓い、今回の箱根駅伝の結びとする。
【記事 末山貴文】