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箱根駅伝予選会突破! 襷新聞より②
襷新聞より 選手コメント

箱根駅伝予選会を走り終えて
上田 剛史(4年)  91位   1:01:25
 予選会前の体調は良かったです。
しかし、緊張で一週間前からあまり寝られずそこだけは気がかりでした。
レースを走り終えての感想は、出場権を獲得したことに、「ホッ」としたという気持ちが大きかったです。
しかし、レースを振り返ると課題であったラスト5キロを粘ることができず、結果的にチームの足を引っ張ってしまいました。
次に挽回できるチャンスは、箱根しかないと思うので、4年生としてチームを引っ張り、力をつけて箱根に臨みたいと思います。

奥田 宗弘(4年) 246位  1:04:03
 走る前は、5000メートルの調整などうまくいっていて、調子は悪くなかった。
でも、一ヵ月前のケガで距離が踏めなかったのが不安ではあった。
実際に走ってみて10キロから全く動かなくなり、チームに迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳なかったと思う。
今のままでは、みんなに信頼されないと思うので、上尾と合宿等で結果を残し、チームで使える人材としてこの二ヵ月考えて練習に取り組みたい。
また、応援してくれる人のためにも結果を残して4年として意地を見せる。

只野 博通(4年) 254位  1:04:19
 予選会を走ってみて、たくさんの方々のおかげで頑張ることができました。
本戦に出場することもできたので良かったです。
しかし、自分の予選会の結果には満足いっていないので、箱根駅伝まで頑張っていきたいと思います。

福島 成博(4年) 125位  1:01:50
 関東インカレポイントを使ってしまったのが残念でしたが、通過できて本当に嬉しいです。
昨年、自分の走りでチームに迷惑をかけてしまい、61分30秒で確実に走るという事を目標にやってきました。
前半抑えて入るつもりでしたが、抑えすぎてしまい設定より遅れてしまいましたので、箱根ではもう少し速めに入って勝負できるようにしていきたいと思います。

稲垣 雄太(3年)  167位  1:02:37
 今回の予選会では、昨年からの練習の成果を発揮することができませんでした。
しかしながら、自分が走れなかった分、仲間が走ってくれたこともあり、無事に予選を通過することができました。
本選では、自分もチームに貢献できる走りができるよう、あと2ケ月、練習を積みたいと思います。

清谷 匠(3年) 79位  1:01:13
 走る前は、合宿などを含め練習はできていたので調子は良かったと思います。
しかし、走ってみると練習量が足りていないのがよく 分かり、特に10キロすぎてから腰が落ちてしまい上半身の筋力不足を感じました。
これからは合宿等で走る距離を増やし、又、筋力トレーニングにも力を入れていきたいと思います。

塩月 良輝(3年) 159位  1:02:17
 本格的に練習ができ始めて本番まであまり時間がなく、走る前は不安だった。
実際に走ってみて1年のときのようにならずになんとか纏めたが、まだまだだと思うし、本選に出場チームの中で最下位なので、これから箱根に向けて底上げをはかるためにも自分自身がトップの方に上がっていけるようにしたい。

益田 賢太朗(3年) 120位 1:01:48
 ある程度の記録でまとめられてホッとしています。
ポイント練習を再開したのが9月末、前々日の刺激も体が動かずという状態で、走る前は不安で押しつぶされそうでした。
レース中は自分の体の状態を探りながら、「61分台」というのを頭において走りました。
結果的にそのタイムで走れたことは良かったですが、本来なら自分はチームの上位でゴールしてタイムを稼がなければいけなかったので、今回はチームのみんなに助けられました。

山本 洋輔(3年) 199位 1:03:06
 予選会ではたくさんの応援ありがとうございました。
これから二ヶ月間、本戦に向けて練習を積んで、メンバーに入り、しっかりと襷を繋げるよう頑張るので応援よろしくお願いします。

近藤 洋平(2年) 48位   1:00:52
 走る前は調子が上がってきていて、アップの時も調子が良かった。
10キロくらいからきつくなってきて、ラスト5キロからあまりねばれなかったので、ラスト5キロでもっと走れるスタミナをつける。

鍵谷 亮(2年) 135位 1:01:57
走る前の調子は、どちらかというと良い方でした。
実際に走ってみて練習不足を実感しました。これからの課題としては、20キロ以上の距離を走り切る筋力をつける。箱根をただ走るだけじゃなく、勝負できる力を。

末山 貴文(2年) 67位  1:01:03
 大会前の練習から調子はいいような気がしていた。しかし、長い距離のレースできっちりと走れた試しが無かったので不安もあった。
実際に走っている最中も、いつ足が動かなくなるのか怖かった。
しかし結果は、自分としてもまずまず納得のいく走りができ、またチームとしても箱根駅伝本選につなげることができて良かった。
今回のレースである程度自信を持つことができた。この自信がより確実なものになるように、更に上を目指して努力していきたい。

箱根駅伝予選会突破! 襷新聞より①
箱根駅伝予選会を終え、襷新聞が発行されてからしばらくたってしまいました。
遅くなってしまいましたが、選手のコメントなど転載いたします。
(一部修正をしています)

襷新聞 第16号
箱根駅伝予選会突破!二年ぶりの出場を果たす

10月17日、立川の自衛隊駐屯地をスタートし、昭和記念公園をゴールとする第86回箱根駅伝予選会は47チームが参加して行われた。  

予選会の朝、各選手たちはスタート時間の9時に合わせて起床した。
この日は朝から選手たちの間には張り詰めた空気が流れていた。
前日には緊張からなかなか寝付けない選手もいたほどだ。
5時半に合宿所をバスで発ち、昭和記念公園へ向かったが、いつものバスの中の雰囲気とは違い殆ど話をする者もおらず、この張りつめた空気はスタートまで続いていた。
スタート前、選手達は福島キャプテンを中心に円陣を組み気合いを入れ、近藤を先頭にスタートラインについた。

スタートは各大学縦一列で、殆どの大学が先頭から順に主力を並べていた。
スタートの号砲と同時に近藤、清谷、上田が飛び出していった。
その後方で残りの選手達は集団を形成してレースを進めていった。
最初の5キロは昭和記念公園に隣接している自衛隊の駐屯地の滑走路を約二周する。
飛行機の滑走路だけあって平坦だが、554人の大勢のランナーたちが一斉に集団でレースをしているため、転倒の危険が伴う。
幸い法政の選手たちは誰一人として転倒することなく全員無事にスタートを切ることができた。
5キロは、近藤、上田、清谷が14分50秒前後で通過し、後続の選手も15分10秒から25秒ぐらいの間で通過し、序盤はまずまずの滑り出しを見せた。
5キロを通過したのち選手たちは自衛隊駐屯地から立川駅周辺の市街地へ出て昭和記念公園へ戻ってくる。
市街地はなだらかな坂が若干あるが駐屯地内と変わらないコースが続き、選手たちはペース感覚を掴みやすい。
10キロは近藤、清谷、上田が30分前後で通過、その後、末山、益田、鍵谷、塩月、稲垣、福島が30分30秒前後で通過、山本(洋)、奥田、只野が31分前後で通過した。
レースは12キロの手前地点から昭和記念公園内に入るが、公園内は多少アップダウンが続き、これまでの平坦なコースからは一変する。
昨年は、公園内に入ってからの15キロを過ぎてから選手達が失速したことが敗因となった。
そして、各選手は課題の15キロ過ぎに入った。
この一年間、この課題の克服にかけてきた選手は必死に力走した。
その成果が出ているかのように、今年の各選手達は昨年のように大きく失速することもなくゴールへ向かった。
結果、チーム内では近藤、末山の二年生コンビがチームの一、二番でゴール。
その後に清谷、上田、益田、福島、鍵谷、塩月、稲垣と続き、10人目に山本洋輔、その後に奥田、只野と続いてゴールした。 

レースが終了してから結果発表までの重苦しい空気が漂う中、結果発表は一位の駒沢大学から順に発表された。
部員や関係者のみんなは法政の名前が発表されるのを待った。
10位の亜細亜大学が発表されて残るは一枠!
法政大学は発表の掲示板は離れていて見えない地点に陣取っていたため、発表者の声だけに耳を集中していた。
「第11位・・・」微妙な間が空く。
短いはずが、とても長い間に感じられた。
「法政大学。」微かに聞こえた。2年ぶりに出場が決まった瞬間である。

個人的な意見になるが、今回の予選会では塩月と山本洋輔の活躍があってこそだと思った。
2年前の箱根予選会が終ってから今年の夏までの期間、長期にわたっての故障に苦しんだ塩月は多くの大会で審判、補助員等、裏方に徹し部を支え続けてきてくれていた。
彼の復活は大きかった。
また、同じく三年生の山本洋輔。
彼は今回予選会を走ったメンバーで唯一の寮外生。
今夏、初めてA合宿に参加し、必死に食らいついていく姿が印象的だった。
結果、その頑張りが今回の力走に繋がり、法政10番目の大役を果たした。

箱根本戦では予選会とはまた違った戦いになる。福島キャプテンを中心とし、あと約二ヶ月しっかりと練習を積んでチームが一致団結してシード権獲得を目指していきたい。これからも皆様には応援の程お願い申し上げます。【記事=稲垣】
アジア選手権 2009 広州
第18回アジア陸上競技選手権大会
2009年11月10日~14日(中国・広州)
アジア選手権が中国広州で開催されました。
男子短距離は100m、200m、400mで銀メダル、200mで銅メダル、両リレーで金メダルを獲得しました。
個人種目はいずれも0.1秒以内の僅差で敗れてしまいました。
来年のアジア大会では個人でも結果出したいです

アジア大会も同じ広州で開催されます。
時期は1週間後ろにずれています。
スタジアムの状況、気候や環境の事前情報が確認できて意味のある遠征となりました。
大会始めのほうは30度を超える気候でしたが、3日目くらいから急激に気温が下がりました。
風もあり、体感温度はかなり低かったです。

結果は陸連のページにあります。
公式ページはこちらです。
江里口君は負傷などではなくブロックがずれるアクシデントでした。
しかし、両手を地面について10秒82は速いです。
残念でした。
本人は反省しきりでしたが、リレーで帳消しにしてくれました。

リレーの映像がyoutubeにあったので掲載しておきます。

4×100mR


4×400mR

ラップ(非公式)
1走 藤光 46.41
2走 成迫 46.08(1.32.49)
3走 廣瀬 46.45(2.18.94)
4走 金丸 44.97(3.03.91)
公式 3.04.13

余談ですが、アジアコーチオブザイヤーをいただいてしまいました。
選手の皆さんすいません。
第86回 法政大学対関西大学対校陸上競技定期戦結果
第86回 法政大学対関西大学対校陸上競技定期戦
平成21年11月1日(日)
万博記念公園陸上競技場
100m
1位 中村 大輔 10秒89(-2.5)
2位 吉野   寿 11秒17
3位 穂刈賢一郎 11秒20
400m
1位 金丸 祐三 46秒90(大会新)
2位 勝俣 章博 48秒27
4位 半田 隼斗 49秒77
1500m
1位 只野 博通 3分58秒71
3位 上田 剛史 4分01秒52
6位 賀上 弘基 4分07秒56
5000m
1位 福島 成博 14分55秒11
2位 稲垣 雄太 14分55秒17
3位 奥田 宗弘 14分55秒49
400mH
1位 岸本 鷹幸 51秒24(大会新)
4位 藤田 英司 53秒42
6位 竹中  航 58秒61
4×200mR
1位 法政大学 1分27秒40
    (吉野寿―中村大輔―穂刈賢一郎―金丸祐三)
2位 関西大学 1分28秒29
    (桑原大貴―藤井由優―藤本裕士―小川恭輔)
走幅跳
1位 小川 恭輔(関大) 7m48(0.0)
2位 戸谷 隼人     7m29(-0.4)
3位 松原 聖一     7m07(-0.4)
5位 渡辺 真也     6m75(0.0)
三段跳
1位 小川 恭輔(関大) 15m25(+0.3)
2位 渡辺 真也     15m04(+0.3)
3位 戸谷 隼人     14m72(+0.6)
6位 松原 聖一     13m78(+0.2)
砲丸投
1位 阪口 貴弘(関大) 13m97
2位 飯室 延郎    13m82
3位 古市 裕磨    13m82
6位 竹中  航     9m17

【総合結果】
優勝 法政大学 99点(トラック68点・フィールド31点)
 9年連続53回目の優勝
2位 関西大学 73点(トラック41点・フィールド32点)

法政大学対関西大学対校陸上競技定期戦は大正13年から続く日本最古の陸上競技大学対抗戦です。
第16回から24回は第2次世界大戦のため中止されましたが、今年で第86回を迎えました。
86回は箱根駅伝と同じ回数です。

今大会は関西大学が幹事校となり、来年は法政が幹事と、交互に大学を行き来し、対抗戦を開催しております。
両校陸上競技部の長い歴史、また長い交流、親交がこんなにも長く続いているということは大変素晴らしいことであると思います。

今回、50回目を迎えた時の記念誌を関西大学迫川監督から拝読させていただきました。
大正時代はどのようにして関西に行っていたのでしょうか。
記念誌をみると第1回大会から現在と同じように大阪と東京を隔年で往来しています。

東京では明治神宮の陸上競技場と なっています。
明治神宮の陸上競技場は明治神宮外苑競技場で、明治神宮外苑内に1924年(大正13年)から1956年(昭和31年)まで存在した陸上競技場です。
1958年に現在の国立霞ヶ丘陸上競技場に建て替えることが決まって、解体されてしまったようです。

関西のほうは大阪府立とありましたが、長居ですかね。
100回目を迎えたら調べてまた記念誌を作成したいですね。

法政大学陸上競技部も今年創部90周年を迎えました。
創部してわずか4年で関西大学さんと対抗戦をしようと計画し、実行したということには驚き入ります。

両校は、長い歴史の中でこうした大会への参加や、多くのOB の輩出など、部としての歴史を刻んできたのですね。
こうした伝統ある大会に参加すると、多くの方々が長い時間をかけて築いてきた道の上を歩ませていただいているんだということを強く感じます。

これからもこの道を絶やすことなく引き継いで、また後輩たちに託していくことで伝統というものがまた新たな伝統として受け継がれていくのですね。
決してレベルの高い大会ではありませんが、大学の伝統ある格式高い対抗戦として守っていきたいと思います。